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会社名 | 株式会社平成観光 |
|---|---|---|
| 設立 | 平成元年1月8日 | |
| 事業内容 | パチンコホールの経営 | |
| 導入商品 | ・理念浸透コンサルティング ・人事制度コンサルティング ・教育研修コンサルティング ・Faithファシリテーターライセンス ・Team Trust ・Team Breeze他 |
岐阜を本拠地とするホール企業、平成観光の成長が止まらない!2002年には190億円だった年商が2005年には947億円と何と3年で5倍の激伸び!だがその平成観光も創業当初は10億の借金にあえぎ、手形を飛ばしたことさえあったという。その苦境から、いかに一発逆転を果たしたのか、急成長する組織をまとめるために何に取り組んだのか、東野昌一専務取締役(現代表取締役社長)と、小岩井仁志課長に詳しく聞いた。
平成観光は、ひと第一の会社でありたい。これ、本気です。この会社に入って同じ釜の飯を食べたからには、体が動かなくなるまで、ここで一緒にがんばろうよと言いたい。永年勤務する社員を出すことが目標ですね。
企業は誰の物かという議論を最近よく聞く。上場企業なら、その企業は株主の物かな。でも僕らは非上場企業だし、上場も目指していない。ということは、平成観光という会社は社員の物です。そしてお店はお客様の物、地域の物だと考えています。
20年前のウチは親父が中心になって、北海道で事業をしていました。その頃のパチンコ屋さんはあまり世間に良く思われていない業種。親としては別の、世に認められている事業を子供に継がせたいと思ったのかな。ゴルフ場やリゾート開発に手を広げたのですが、これが大失敗…。
ある朝、新聞を見ると、一面に親父の顔が載っていた。え、ウチ倒産したの !?てなもんで、親から聞く前に新聞で知りました。負債総額は32億。当時の北海道で30億以上の倒産は珍しく、おかげで新聞の一面を飾っちゃった。負債を出したのはリゾート開発とかホテルとかの方で、パチンコ事業は成功してたんですよ。でも本体の負債があまりに大きかったので、パチンコ屋の方も店を閉めざるを得なくなりました。
店を閉める最中に痛感したこと。我々は、ご来店いただいていたお客様に迷惑をかけた。働いていた社員に迷惑をかけた。お店があった地域社会に迷惑をかけた。こんなことはもう繰り返してはならない。その想いが、今の平成観光イズムの原型です。
平成8年4月に、2号店であるパーラーキング西可児店を建てました。この時は、2号店の近所のロードサイドに普通のパチンコ屋さんを建てたのですが、その過程で、あらためて危機感を感じた。僕ら、今のやり方で本当に大丈夫なのか。未来はあるのかと。
その頃、地元には20軒も30軒も競合店があって、マルハンもダイナムも来ていた。平成観光は後発組。要するに出遅れ。さて、この後、どんな形でお店を出していくべきか。少なくとも、昔ながらのやり方でロードサイドに土地を買って建屋を建てての普通のやり方ではダメなのは明白。仮にそのやり方で成功しても、その時は、資本力のある大手が、横にもっと大きなお店をぶつけてくるだけです。
ウチの力だけで集客するのは無理。こうなったらオンブにだっこで別の会社の力を借りられないか。そう思って世の中を見渡せば、おっとスーパーのダイエーがパチンコ事業も始めてるでないの。あ、なるほど、この手だなと。岐阜でスーパー大手といえば一部上場のユニーに決まっている。何とかユニーにお店を出したいものだと、さっそく飛び込み営業を始めました。
これがもうバカ当たり。ありえない稼働と、ありえない集客と、ありえない収益が実現してしまった。
世の中の僕らを見る目もガラリと変わりました。それまでは、そこらへんにある単なるパチンコ屋さんという目で見られていたのが、ユニーに店を出してからは、『一部上場企業に店を出しているパチンコ屋さん』にイメージが大変身。金融機関の見る目も変わったし、採用にしたって、それまでのウチには絶対来なかった人材が来るようになった。
ついにお店も4軒。しかも4店目は、遠くの愛知県知立市にあり、さすがに僕個人が全部を回るということが不可能になりました。ここまでは家内工業の延長。家族主義のワイワイガヤガヤで何とかなった。しかし、会社がここまで大きくなると、もうそのやり方では通用しないなと。
この際、全部の部署を、人の部分、物の部分、営業の部分で根本的に作り直す必要がある。よし3年計画で立て直すぞということで、平成11年9月には多治見市に営業本部を設立。平成12年9月には有限会社から株式会社に組織変更。その過程で、様々な人材を外から導入しました。
参考と言うよりは、まるっきりの真似です。当時マルハンが快進撃していたし、自分から見ても良いなと思えた。じゃあ、マルハンなぜいいんだろう。まずは勉強して吸収したいと思った。それにはマルハン風のお店を作って、実際に使ってみるのが速いんじゃないかと。
というわけで、これまでの平成観光のやり方はひとまず我慢して、完全マルハン風の1号店2号店を作ってみた。実際に使ってみて、実に勉強になりました。いろいろな所に、なるほどすごいねという工夫がたくさんありました。いや、マルハンさすがだなと。
で、そうして納得したら、今度はウチのオリジナリティを出していこうと。マルハンの良いところはしっかり吸収できた。よし、今度はちょっとずつ平成らしさだと。
まず従業員にとってのお店の使い勝手の部分は、どんどん変えていきました。社員が出入りする通用口ひとつとっても、マルハン風だとこうだけど、ウチにはこの方がいいな、というような。後は、事務所と社員の休憩所を隣り合わせにしてみたりとか、そういう使い勝手の工夫。
それ以外の点は、相変わらず先輩企業の真似です。ただ違うのは、1号店、2号店が徹底的にマルハンの真似だったのに対し、3号店は、ダイナムからペガサスから、異業種のウォルマートに至るまで、自分が良いなと思ったあらゆる業種、あらゆる企業の真似をしたことです。真似する対象を広げてみた。
こうなると、今度は後発の強みが出てきます。成功した先輩企業の良いとこばっかり後からいいとこどりするわけです。その真似の中で、徐々に自分達のオリジナリティ、平成らしさを出していくぜ。やがてはもっと良い店を作ってやるぜと。
店舗が少ないうちは、経営者が手を上げて、この指と?まれで何とかなった。でも、7店になると経営者以外の伝道師、想いを伝える人間が必要になる。そういう人間を育てるには理念が必要。でも、まいったな。ウチ、理念なんかないぞ。なんてことを思っていたら、そのタイミングで元マルハンの熊澤さんに出会っちゃって。 熊澤さんや小倉さんに、ウチは今こういう状況で、将来に向けてこういうことをやりたいんだ、と相談したら、どうもウチの状況は、数年前にマルハンがすでに通った道らしい。あ、ちょうどいい、だったらウチもそれを真似しようということで、契約成立。理念作りを始めることになりました。
ぶっちゃけダイナムみたいに財務とシステムを強化するやり方もあると思う。『経営は数字と効率だ。儲かってナンボだ』という考え方。経営者としては、も しかしたらそっちが正解なのかもしれない。でも当時の自分は、財務のダイナムよりは、人のマルハンの方に惹かれていた。マルハン式の方が平成観光に合って いるとも思った。いや単純な話、いくら場所が良くて、いくら会社の制度がよくて、いくら財務が良くて資本力があっても、やっぱり最後は人だろうと。そうい う考える方がしっくり来た。
当時、給与体系も、勤務体系もきちんと決まっていなかった。でも、そういう制度より先に、まずは理念、イズムだと。そういう『核』がないまま、いくら格好良い給与体系や勤務体系を作っても、結局てんでんばらばらになると思って。
今でも平成観光の業務マニュアルは最小限です。マクドナルドみたいに、これ喋って、ここでお釣り渡して、次ににっこり笑いましょうといった手順は書かな い。そうでなく、イズムを従業員に伝える。そこから先、具体的にどうするかは、自分で考えろと。そうでないと、心の部分、想いの部分がお客様に伝わらない。平成観光は、昔から、ルールや決まり事の少ない会社。それはいいことだと思っている。いいことは変えたくない。
ちなみに、平成観光では、マニュアルはアルバイトも社員も共通です。アルバイトはお客様と直接に接する、すごく重要なスタッフ。彼らにこそイズムを理解してもらい、素晴らしい接客をしてもらわないと。
まず最初にイズム作りのためのプロジェクトを発足させました。メンバーは、経営陣と一般社員。一般社員は、「今後、会社を発展させるための核となるはずの人材」という基準で選びました。職位やポジションはばらばらです。
メンバーは、ポジティブな人間とネガティブな人間を半分ずつ混ぜるように気をつけました。ネガティブな人間というのは、何が起きても人ごと、人のせい。 会社が悪い。部下が悪い。店が悪い。よそが強い。そういう言葉を使う人間のことです。そういう人間だからこそ、イズムづくりプロジェクトに入れておくべき。ポジティブな人間ばかりで、ポジティブなイズムを作っても機能しないだろうと。
要するに、カラを破って欲しい人材。こいつ能力あるんだからカラ破ったら変わるよなという人材です。その頃、業績が良かったせいで、妙に勘違いする人材が続出していた。会社の看板と自分の実力を勘違いしている人たち。おいおい、ちょっと目を覚ましてくれないと困るよと。
ああしろ、こうしろとアタマごなしに指示するのではなく、我々の気づきを誘発するナビゲーターの役割でしたね。我々の自主性を尊重してくれる。やらされ感はない。しかし最後は、良い成果物が作れている。何かフェイス総研の思うツボにはまっちゃったなと。
そしてできあがったのが、こんなイズムです。
どのイズムも、すごくいいんじゃないかなあ。言葉ひとつとっても平成らしさ、想いが入っていて。
理念とか言って、堅苦しい言葉で文言を作ってもしょうがないでしょ。分かりやすい、吸収しやすい言葉で書いて、社員本人の行動につながらないと意味ない。
新しいイズムについていけない、古い体質の人が会社を去っていった。新陳代謝が自然に起きた。これが一番の変化です。
かつては、古い体質の人たちであっても、『パチンコ業界の常識』、『俺様の経験』をモノサシにして、周囲を圧していればよかった。しかし、ここに来て 『平成観光イズム』という新しいモノサシが出てきた。戸惑ったでしょうね。この時、目を覚まして、自らを変えた人たちもいる。一方で、いつまでも昔にこだわる人たちは、ふてくされて、自然にやめていきました。
そうして新陳代謝が進んだ結果、会社全体のモチベーションの『質』が上がりました。以前は、店単位のモチベーションだった。早い話、自分の店さえ良ければ良かった。となりの店が悪かろうが、そんなことは知ったこっちゃないと。
それが今は、イズムを軸にして会社全体を成長させるにはどうすればいいか、その目標のために自分の店はどうあるべきか、自分自身どう行動するべきかという考え方。全体の中の自分のという広い視野。モチベーションのスケールが大きくなったというか。
コミュニケーションが良くなるというのは、単に仲良くなるという話じゃなく、時には他の店舗に口を出す。人に小言を言うという話で、まあ、通常もめやすいところですよね。しかし、そういう場合でもイズムというモノサシに準拠すれば何とか会話が成立する。いや、イズムは便利なツールです。
色々、プロジェクトをやってわかった。モメる原因は、会話が少ないことなんだと。意思疎通をしていない。会話をしていない。ぶつかっていない。それがギクシャクする原因なんだなと。
ある店の中の管理職同士が仲が悪いときがある。互いに自分の仕事はやるが、しかし会話はない。本人同士は、それで良いかもしれないが、でも、それで困るのは部下です。だから部下の事を考えて、互いにどうぶつかりあっていくか。またそのそのぶつかりあいを周りがどう助けるか。その時、仲が良いとか悪いとかを超えて、共有し合う価値基準。それがイズム。それがあれば組織が少しずつ強力になる。
イズムというのは憲法みたいな物。総理大臣よりも憲法の方が偉いのと一緒で、考えようによっちゃ社長よりもイズムの方が偉いわけです。だから、社員が、 経営陣に向かって、そのやり方はイズムと違いますと食ってかかってきたっていいわけでね。それぐらいの覚悟を持って作るのがイズム。そうでないものは単なるお題目にすぎないと思う。
イズムは言葉でできている。その言葉が悪い意味で一人歩きをすることがある。例えば『エブリディ学園祭』というイズム。本来の意味は、学園祭の前日のワクワク感、チームの一体感をみんなで毎日味わおう。その熱気をお客様にも伝えて楽しく遊んでもらおうという意味合いで、つまり最後は、お客様満足につながらないといけない。
でも中には、単純に『ただ楽しければいい』という風に浅く解釈している人もいる。これを糺すのは今後の課題。そのためにはイズムを伝える伝道師の役割が重要になるし。その伝道師の育成の時は、またフェイス総研さんに出張ってもらわないと。
今回、フェイス総研の手助けがあって、すごいイズムができた。純粋に感謝!です。さらに給与体系や資格等級制度、接客マニュアルの構築も手伝ってもらえた。お、いよいよ形ができてきたなと。
これからの課題は、イズムの『浸透』。さっきも言ったように、妙に勘違いしている人たちがいる。これを糺さないと。そしてイズムを、全国店舗の社員からアルバイトまできっちり浸透させないといけない。今フェイス総研からは、チームトラストを強化しましょうと提案が来ている。面白いじゃないの。OKです。新しいこと、どんどんやってください。期待してます!
取材協力 株式会社平成観光