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会社名 | 進栄電気工業株式会社 |
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| 設立 | 昭和48年12月 | |
| 事業内容 | ・電気設備工事の設計、監督及び請負
・通信設備工事の設計、監督及び請負 (PBX,IP-PBX, 携帯基地局, ビジネスフォンネットワーク敷設, ルータ、スイッチ工事セキュリティシステム) |
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| 導入商品 | ・理念浸透コンサルティング・組織診断
・Team Align ・Team Trust ・Faithファシリテーターライセンス |
自らが手がける開発コンサルティングサービスを『お客様のことを深く理解することから始める』と定義する進栄電気工業では、通信設備や電気設備の設計開発の分野で、数多くの実績を誇る。その技術力の高さは、東京国際空港(羽田空港)や成田国際空港への導入事例からも伺い知ることができる。しかし、同社の歴史は、決して平坦なものばかりではなかった。過去の危機的状況からの脱却に尽力した森田社長は、次のステップとして未来を見つめた組織改革を標榜。フェイス総研のコンサルティングサービス導入を決断することになった。
私が社長を就任した時の経営状況は、赤字計上で税務署に申告するような状態…。社内の空気も閉塞感に満ちていました。 この雰囲気を変えない限り、私達に未来はない…。そんな想いから、率先して経営方針や経営計画書を作り、私の考えを社員に伝え続けました。社員一人ひとりの未来に関わる問題です。私の呼びかけに対して、多くの質問が上がってくることを当然のように予想していました。 しかし現実には、ほぼ反応なし…。「私の想いは、ちゃんと伝わってるのだろうか?」 と疑問を感じずにはいられない現実に直面することになりました。
進栄電気工業には、それまで企業理念や経営方針といったものが存在していませんでした。何か行動を起こそうとの想いはありましたが、根底にあるのは『根性論』です(笑)。私も勢いのある風土は、嫌いじゃないのですが、やはり、それだけではまずいだろうと。 だから、私が社長になったことをきっかけに、自らの想いを伝えようとしたのです。
一方でその行動の背景には 、 「トップダウンで、みんなやってくれるだろう…」という淡い期待があったのも事実。 結局、それで社員達が動いてくれることはなかったんですがね。 しかし、当時の私は、社員が動かない理由が皆目わからない。 なんでだろう…、と悩んだ末にたどり着いた答えが 「社員達に求めるのなら、まずは自分で結果を出そう!」というものでした。
私が結果を出したら、誰も文句を言わずに言うことを聞いてくれるだろう、という考え方ですね。その想いで行動した結果、平成18年には債務超過を脱出する目処が立ちました。 「俺はやった。だから次はお前らの番だ!」 私は胸を張って自らの実績を掲げ、綿密に作り上げた経営計画書を社員達に提示しました。 「コラ!お前ら!やるぞ!」という感じで、今回はきっと上手くいく…。そう信じて疑いませんでしたが…。結局社員達の反応は以前と同様。私の提案に対する質問はほぼナシ。当然ながら、その想いや要望が組織に浸透することはなかったのです。
“こんな会社なんて、解散してしまえばいいんだ!”と考えたこともあります。共感できる同志を選んで、新しい会社でやった方がいいんじゃないかとね。でも、現会長をはじめとした人々が、苦労して作った歴史のある会社を簡単に潰す訳にはいかない。2代目3代目と伝統を重ねたい、という強い想いを持っていましたから。
赤字体質からの脱却に欠かせなかったのが新規顧客の獲得でした。その必要性を痛感していた私は、先陣を切って動きました。結果、現在では私が獲得した顧客が取引先の大半を占めています。 しかし、その副作用として、組織内のパワーバランスがおかしくなった感は否めません。私が行動して築いた実績に、役員達は自信を失い、ビジョンを描けず、自信も持てない…。そんな状況が、彼らを「遠慮」させてしまう状況に追い込んでいたのかもしれません。
私は役員達とコミュニケーションを取って、本音の話し合いをしなきゃ駄目だな、と感じるようになりました。でも、どうやって本音を語り合ったらいいのか。色々なプランを考えましたが 、どれも明確なゴールが見えない…。例えば、『積極的に飲みに誘う』。それまでも彼らを誘って飲みに行くことはありました。しかし、実際、結局は僕が一方的に話すだけ。役員達は遠慮して、発言しない。 また『合宿』の実施を検討したこともありました。役員達とひとつ屋根の下でじっくり時間をかけて話し合おうと思ったんです。しかし、これも駄目だろうなぁと。なぜなら、『腹を割って話そう』と、私が言った時点で、私主導ですから。 私は技術者上がりということもあり、そのあたりのやり方が全く分からなかった。 そして、何もできないまま、時間だけが過ぎていました。
現状を変えるきっかけを見つけたい…。その想いから、私は数えきれないくらいの経営者向けセミナーに参加しました。本もたくさん読みましたよ。「社長業とは」とか、「役員は数字に強くなれ」とか…。そういった類の本は読みあさりましたね。 しかし、それらの内容は全くと言っていいほど、頭に入ってこなかった…。ヒントもきっかけも見つからなかったのです。理由をひとつ挙げるとすれば『心に響かなかった』ということでしょうか。
ある日、お世話になっている会計事務所で懇親会がありまして、そこでフェイス総研プランニングの高橋社長と出会うことになります。私は、彼から色々な話をうかがいました。その過程で、私はある間違いに気付きます。それが「トップダウンで社長が言えば、人はついてくる」という考え方。フェイス総研との出会いがなければ、その誤りに気づくことはなかったと思っています。
今でも覚えている印象的な言葉は、「今の進栄さんは機関車と同じだ」というもの。 先頭車両だけが自分で走って、後はただ引っ張られるだけ。そのようなイメージの会社だと。それを、電車と同じように各車両にモーターがついて、全員が協力し合って動くような装置を作らなくてはいけない、とね。
彼ら(フェイス総研)の提案は真剣そのものです。社員が自立し、考えて行動していく。そして、数字も自分でしっかりと責任を取っていく…。お話を聞くうちに、私はフェイス総研なら何とかしてくれるかもしれない、という期待を抱くようになっていました。
まずは組織改革のコアとなるリーダー2人が、2泊3日のFFL研修(フェイスパラゴン研修)に参加。それから一か月も経たないうちに、今度はコアメンバーを含めて箱根で泊まり込み合宿(チームアライン研修)を実施しました。それ以来、組織の風土はフル回転で変わっています。フェイス総研にお願いして良かったな、と思っています。
一番変わったのは副社長です。 合宿が終わった翌日に実施された幹部営業会議では、副社長自らが進んで会議室の掃除をしたりコーヒーを入れたり…。合宿前は「何を今更」という、やらされ感が滲み出ていたのがウソのようです。 それまで、私が先頭に立って行っていた顧客からのクレーム処理に関しても、研修後は、副社長が率先して対処してくれています。今まで、そういったことに無関心だった男が「私の責任です」と言い切った…。これは大きな変化です。
それまでの副社長は、自分の仕事に偏ってしまうというところが多く見受けられました。 ナンバー2でもある彼に、社員全員への「目配り・気配り」をしてほしいという想いを抱いていました。現在の彼は、まさにそのような行動を取っている。研修を通じて、本来持っていたナンバー2としての責任感に目覚めたのですね。本当に頼もしい存在になってくれました。
社内にも様々な変化が起こっています。オフィスを分断していたパーティションは、コミュニケーションの障害になる、ということで大半を撤去。見晴らしのいい仕事場になりました。また、様々な掲示物を誰もが見ることができる場所に掲出。いわゆる「見える化」も着々と進んでいます。これらは全て、私が提案したことではなく、コアメンバー達が考えて行動した結果です。
現在は副社長自らが率先して経営計画を策定。社員達はそれに基づき、チームで行動するようになっています。私はただ報告が上がってくるのを待つだけ…。昨年と比較して、今年は『本当に変わったな』と実感することができています。楽になりましたよ。
昨年作った経営計画の中に「会社は皆のものだ」という考えを明文化しました。 私は、自らも含めた全ての社員が良くなりたい、という願望を持っています。また、将来、会社の規模が大きくなる時は、社会貢献活動などを通じて、社会的に存在価値のある存在になりたいという願いも持っています。これらの想いは、常々社員達に語り続けています。これが、私の将来に対する夢ですが、その実現に向けて、今の仲間達が自立自走しながら立ち向かえると確信しています。
取材協力 株式会社ウエルネスサプライ
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同社のオフィスに足を踏み入れると、そこは社内を一望できるワンフロアの開放感に溢れています。しかし、つい最近まで、社内は、文字通り『部署間の壁』となっていたパーティションによって仕切られていたといいます。その壁を外そうと言いだしたのは、フェイス総研が提供する『チームアライン』に参加した経営幹部たち。彼らは研修を通じて得た経験から、社内を一つのフロアにしよう、と決意したわけです。森田社長が選択した未来へのプランは、着実に周囲の行動に変化を促しています。そんな変化によって、同社に新しい文化が築かれつつあることを、今回の取材を通じて、肌身をもって感じることができました。 |
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